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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1508号 判決

控訴人・被控訴人(第一審原告) A野太郎(以下「第一審原告」という。)

右訴訟代理人弁護士 富田均

同 岩谷彰

控訴人・被控訴人(第一審被告) B山松夫(以下「第一審被告」という。)

右訴訟代理人弁護士 宮田信男

右訴訟復代理人弁護士 関口正人

主文

一  第一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  第一審被告は、第一審原告に対し、金二四〇三万六八六二円及びこれに対する平成六年八月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一審原告のその余の請求を棄却する。

四  第一審原告の本件控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1  原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、金四四八三万二七三五円及びこれに対する平成六年八月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  第一審被告の本件控訴を棄却する。

二  第一審被告

1  原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  第一審原告の本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

一  本件は、第一審原告と第一審被告が埼玉県内のゴルフ場において同じパーティーでゴルフをしていたところ、第一審被告の打った球が左前方二〇メートルに立っていた第一審原告の右顔面に当たり、第一審原告が右眼球破裂等の傷害を負った(本件事故)ため、第一審原告が、第一審被告にはミドルホールの第二打を打つに当たって尽くすべき安全確認と注意喚起の義務を怠った過失があると主張して、第一審被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償金七五〇二万五六二八円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は、第一審原告の請求を損害賠償金二四五〇万二六三三円及びその遅延損害金の限度で認容したので、これに対して第一審原告及び第一審被告の双方が不服を申し立てたものである。

なお、第一審原告は、四四八三万二七三五円の限度でのみ不服を申し立てた(原審における請求額から原判決の認容額を差し引いた残額は、五〇五二万二九九五円である。)。

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(第一審原告の当審における主張)

1 原判決は、第一審原告にも本件事故の発生に落ち度があるとし、その過失割合を四割としたが、第一審原告にはそもそも過失は認められず、右判断は誤りである。

第一審被告が第二打を打った時点は、前の組の最後のプレーヤーがホールの旗を立てようとしていた時であるから、グリーン上にまだプレーヤーが残っている段階であった。すなわち、第一審被告は、「打ってはならない時」に打ったのである。このような時点で、第一審原告に第一審被告の動静に注意を払うべき義務はない。第一審原告が、プレーを遅滞なく進行できるよう、グリーン上の前の組の動静を見ていたことには何の落ち度もない。

2 原判決の損害額の算定は、次の点で誤りである。

(一) 入院付添費 六日間は家族の付添いを要したので、一日当たり五〇〇〇円の計三万円が認められるべきである(原判決は〇)。

(二) 傷害による慰謝料 二度の入院・手術と長期の通院を考慮すれば、一六〇万円は下らない(原判決は一二〇万円)。

(三) 休業損害 実際の減収分が加算されていない。有給休暇分の損害を七割に減額する根拠はない。

(四) 後遺症による逸失利益 第一審原告の後遺障害としては、ア右眼失明 八級一号相当、イ右上眼瞼瘢痕拘縮 一二級二号(機能障害)、一二級一三号(男子の外貌醜状)、ウ三叉神経障害 一二級一二号又は一四級一〇号の四種類が認められるべきであり、全体としての等級は七級相当となる(原判決は八級)。したがって、労働能力喪失割合は五六パーセント(原判決三〇パーセント)とすべきであり、逸失利益の額は五〇二二万七〇七八円となる。

なお、第一審原告は、平成一一年四月一日付けで配転になり、勤務先は大幅なリストラ計画を進めているので、将来、重大な不利益を被る危険性が高い。このことは、労働能力喪失割合の認定に考慮されるべきである。

(五) 後遺症による慰謝料 第一審原告の後遺障害全体に対する慰謝料は、一〇〇〇万円は下らない(原判決は七七〇万円)。

(六) 義眼費用 中間利息を控除しないか、控除するのであれば、処置料と通院費用を加算すべきである。

(七) 弁護士費用 五〇〇万円が相当である。

(第一審被告の当審における主張)

1 原判決には、過失割合を認定する前提事実として、「第一審被告が声をかけたかどうか」「第一審被告が打つときには前の組が前方のグリーンを外れていたかどうか」の二点について、事実誤認又は審理不尽の違法がある。

第一審被告が第二打を打つ前に「声をかけたかどうか」の確定には、C原秋夫の証人尋問が不可欠であるのに、原審にはこれを調べなかった審理不尽がある。このため、原判決には、声をかけたとの第一審被告本人の供述を排斥した問題がある。また、「第一審被告が打つときには前の組が前方のグリーンを外れていたかどうか」についても、C川秋夫、D原梅夫の証人尋問が必要であるのに、原審にはこれを調べなかった審理不尽がある。このため、原判決には、第一審被告が第二打を打ったとき、前の組がグリーン上を離れていたかどうかの事実認定を回避又は遺漏した問題がある。

2 原判決の損害額の算定は、次の点で誤りである。

(一) 傷害による慰謝料 傷害の部位、治療の内容経過からすると、一二〇万円は高額に過ぎる。

(二) 休業損害 実質的な減収分に限定されるべきである。

(三) 後遺症による逸失利益

原判決は、第一審原告に後遺した障害による労動能力喪失程度を三〇パーセント相当とし、満六七歳までの二三年間の逸失利益を算定したが、満六〇歳までの逸失利益を肯定した部分は誤りである。

第一審原告は、本件事故後も、実質的な減収はなく、今後も勤務先での雇用が定年である六〇歳までは確保されている。

労働能力喪失事由を形成する障害が後遺したにもかかわらず、実質的な減収がない場合、これが、「本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべき特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであって、かかる要因がなければ収入の減少を来しているものと認められる場合」など「後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在」が認められる場合に限り、逸失利益が肯定される。しかし、第一審原告については、右の特段の事情の存在は主張、立証されていない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、第一審原告の請求は、損害賠償金二四〇三万六八六二円及びその遅延損害金の限度で理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  第一審被告の責任について

原判決が理由一項で挙げる証拠によれば、本件事故の発生状況について、一項記載の事実(原判決一五頁二行目から一七頁一〇行目まで)を認めることができる。

ゴルフプレーヤーがゴルフ場においてプレーするに当たっては、その打球が他人に当たらないよう注意すべきであることはいうまでもない。その一つの場面として、前方の至近距離に人がいる限り、フルショットをしてはならない。そして、ゴルフのショットは、経験を積んだプレーヤーであっても、打球が予想外の方向に飛ぶことが時として起こりうるから、このようなミスショットの可能性も考慮に入れなければならない。

これを本件についてみると、先に認定した事実及び原審における第一審被告本人によれば、第一審被告は、約一五〇ヤード(約一三七メートル)先のサブグリーンをねらって、五番ウッドのフルシッョトにより第二打を試みたこと、その際、第一審被告の位置から左前方約二〇メートル先に第一審原告が立っていたことが認められる。五番ウッドでフルスイングした場合のゴルフの打球の速度と人間の認知及び回避に要する時間の関係を考慮すると、二〇メートルでは、ミスショットが生じた場合に、第一審原告がその打球を見ていてもこれを回避することは不可能である。すなわち、第一審原告の位置は、第一審被告からみて至近距離にあるというべきである。したがって、第一審被告は、第二打を打ってはならなかったのであり、第一審被告には、右注意義務に違反した過失がある。

第一審被告は、打つ前には第一審原告に対し「打ちますよ。」と声をかけたと主張し、原審における第一審被告本人の供述には、右主張に沿う部分がある。しかし、声をかけたとしても、至近距離に立っている第一審原告がその直撃を避けることは不可能であった。したがって、第一審被告が声をかけたとしても、そのことによって安全のための注意義務を尽くしたということはできない。

また、第一審被告は、第一審原告は、第一審被告がサブグリーンをねらうことが容易に理解できたのに自分本位に前に出たもので、第一審原告のこのような行為は、ゴルフにおいて生ずる危険を自己の責任において受容しているものであると主張する。しかし、第一審原告の右行為が過失を構成するかどうかは別として、第一審原告が第一審被告から打球を当てられてもかまわないと考えていたとまでは解することができない。第一審被告の右の主張は採用することができない。

右によれば、第一審被告は、本件事故による第一審原告の損害を賠償すべき責任がある。

2  第一審原告の損害について

(一) 治療費、入院雑費、通院交通費 二二万三三二一円

当裁判所も、治療費等として第一審原告が要した合計二二万三三二一円は、損害と認めるのが相当であると判断する。その理由は、原判決理由三項の(一)1のとおりであるからこれを引用する。

(二) 入院付添費 三万円

《証拠省略》によれば、平成六年八月四日から同月九日までの六日間、第一審原告の妻が入院中の第一審原告に付き添ったこと、これは、外傷後の患者の不安等のため家族の付添いが必要であったことによるものと認められるから、一日当たり五〇〇〇円、合計三万円の入院付添費を損害と認めるのが相当である。

(三) 傷害による慰謝料 一二〇万円

当裁判所も、傷害の部位、入院・通院の日数等治療経過等からすると、傷害による慰謝料は一二〇万円をもって相当であると判断する。

(四) 休業損害 一二万〇三三二円

《証拠省略》によれば、第一審原告は、傷害の治療のため、勤務先を合計七四日休んだこと、しかし、有給休暇の利用により、実質的減収は一二万〇三三二円であったことが認められる。

第一審原告は、有給休暇の日数分も休業損害を認めるべきであると主張するが、休業損害は、原則として現実の減収分についてのみ認めるのが相当であり、第一審原告は、右以外に、有給休暇を利用したことによる現実化した経済的損失を主張していない。

したがって、休業損害は、一二万〇三三二円と認めるのが相当である。

(五) 後遺症による逸失利益 二六九〇万七八四五円

《証拠省略》によれば、本件事故により、第一審原告には、右眼失明、右上眼瞼瘢痕拘縮の後遺障害が残ったことが認められ、右後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令二条の後遺障害等級表の八級に該当するものと認められる。

第一審原告は、右後遺障害及び三叉神経障害により全体としての後遺障害の等級は七級相当となると主張するが、《証拠省略》によれば、右上眼瞼瘢痕拘縮は、右眼失明による労働能力喪失の程度を高めるような機能障害とは認められず、男子の外貌醜状にも当たらないと認められる。また、甲一七には、三叉神経の障害で外眼角皮膚の知覚異常があること、ゴルフボールによる打撲が原因と考えられることの記載があるが、右は本件事故から四年半後になって診断されたものであるうえ、症状の程度について具体性がないから、逸失利益を算定するうえでの後遺障害とは扱わないこととする。

《証拠省略》によれば、第一審原告は、昭和四四年三月にアルミニウム板の製造会社であるB野株式会社に入社し、以来、熱延課に属し、三交替勤務のアルミニウム圧延作業に従事してきたこと、右勤務は本件事故後も変わりはなかったが、平成一一年四月に総務部合理化チームに配転された後、同年五月からは施設部ユーティリティ係に配転され、三交替勤務で工場の燃料・水の管理、廃液処理の業務に従事していること、本件事故後、勤務先からの年収には、平成一〇年の二万五〇〇〇円の減収を除き減収はないこと、勤務先の定年は六〇歳であることが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、第一審原告には、距離感がつかめないので手先が思うように動かせない、物を見ても瞬時に判断することができない、疲労を感じやすくなったという仕事を行う上でのマイナス面があることが認められるから、このような中で減収がないのは、第一審原告の特別の努力があるものと認めることができる。また、一眼失明という後遺障害の内容からして、第一審原告が定年後新たな職場に就職しようとする場合や定年以前であっても勤務先を変わる場合には、多くの困難を伴うであろうことは明らかである。

これらの点を総合すると、当裁判所も、第一審原告は、右眼失明の後遺障害が固定した満四四歳から満六七歳までの二三年間、その労働能力を三〇パーセント喪失したとするのが相当であると判断する。

したがって、第一審原告の平成六年のあるべき年収六六四万九五七七円を基礎とし、ライプニッツ方式により年五パーセントの中間利息を控除して、その逸失利益を算定すると、二六九〇万七八四五円となる。

(六) 後遺症による慰謝料 七七〇万円

当裁判所も、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を総合すると、後遺症による慰謝料は七七〇万円をもって相当であると判断する。

(七) 義眼費用 三二万九九四〇円

当裁判所も、義眼費用としては、三二万九九四〇円をもって損害とするのが相当であると判断する。その理由は、原判決理由三項の(二)3のとおりであるからこれを引用する。

第一審原告は、中間利息を控除しないか、控除するのであれば、処置料と通院費用を加算すべきであると主張するが、将来の出費について現価を算定する以上、中間利息の控除は当然であり、右主張は採ることができない。

(八) 以上によれば、第一審原告の損害額の合計は、三六五一万一四三八円となる。

3  過失相殺について

先に認定したとおり、第一審原告は、第一審被告の位置から左前方約二〇メートル先に立っていたが、右の位置では、第一審被告にミスショットが生じた場合、その打球を見ていてもこれを回避することは不可能である。この危険を回避するには、第一審原告は、第一審被告が打つ位置より前方に出ないようにするほかなかったのであり、第一審原告には、第一審被告の左前方約二〇メートルの至近距離に立っていた過失があったといわざるをえない。

第一審原告は、第一審被告が第二打を打った時点は、前方のグリーン上にまだプレーヤーが残っている「打ってはならない時」であったから、このような時点で第一審被告の動静に注意を払わなくても落ち度とはならないと主張する。しかし、原審における第一審原告本人の供述によっても、前の組は全員がパッティングを終了し、次のホールへと向かおうとしていたというのである。そうすると、後行の組の者がショックを始めることになるのであるから、先行組の全員が完全にグリーンを離れたと否とを問わず、第一審原告としては、第一審被告の次のプレーに備え、第一審被告より前に出ないことが必要であったというべきである。第一審原告の右主張は採ることができない。

なお、第一審被告は、過失割合を認定するには、前提事実として、「第一審被告が声をかけたかどうか」「第一審被告が打つときには前の組が前方のグリーンを外れていたかどうか」の確定が必要である旨主張する。しかし、第一審被告の過失の内容は1で述べたとおりであり、第一審原告の過失の内容も右に述べたとおりであるから、右の事実の有無によって過失の有無が決まるわけではなく、これらの事実を必ずしも確定する必要はない。したがって、原判決の事実誤認、審理不尽をいう第一審被告の主張も理由がない。

そして、右に認定した双方の過失の内容及び双方とも十分なゴルフ歴を有していたことを考慮すると、後方のプレーヤーである第一審被告の方により強い注意義務を課すべきであるが、前方のプレーヤーである第一審原告にも危険回避につき大きな過失があるので、第一審原告の過失割合は四割とするのが相当である。

4  弁護士費用等について

そうすると、第一審原告の損害のうち第一審被告に請求しうるのは、三六五一万一四三八円の六割である二一九〇万六八六二円となり、すでに填補を受けた七万円を控除すると、二一八三万六八六二円となる。

また、第一審被告に請求しうる弁護士費用は、右の約一割に当たる二二〇万円とするのが相当である。

二  したがって、第一審原告の請求を損害賠償金二四五〇万二六三三円とその遅延損害金の限度で認容した原判決は、損害賠償金二四〇三万六八六二円とその遅延損害金の限度で相当であるが、その余は失当である。そこで、第一審被告の控訴に基づき、原判決を右のとおり変更し、第一審原告の控訴は理由がないから、これを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

〈以下省略〉

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